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2020/07
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森の必要性
『 クマと もりと ひと 』
一冊100円のこの冊子を
ぜひ買って読んでいただきたいと思います

(財)日本熊森協会が発行しています


私は『ねことじいちゃん』という漫画が好きでよく読むのですが
その中で おじいちゃんとその友達が
子どもたちに持たされたケータイについて話しています
「電話を持ち歩くようになるとは思わんかった」
色々新しいものが出てくるから大変だ~
というおじいちゃんたち
けれど
「ちょっと前まで 馬車で荷を牽いとったし 煮炊きも風呂も薪やった」
それが 電気が登場して
あれよあれよという間に全部が電気で動くようになった
あの頃の方がすごかった~

というような話をします

幸か不幸か
私はその「電気時代」しか知らない世代です
かろうじて お風呂は今のように電気で統御するのではなく
風呂釜で単純に沸かすタイプでしたね

今は電気が通じなければお風呂にも入れない…

便利ではありますね
自分で火をおこす必要はないし
IHコンロ(っていうの?)にしちゃえば 炎だって見ない
火事にはなりにくいのかもしれないけれど(本当?)・・・

うちの別宅には暖炉があって
そこで火をたくと
全員 例外なく 火をいじりたくなるのです
見るだけじゃなく
木を足したり 位置を変えたり

キャンプでも 火が主役のところはありますよね

話がそれてきましたか?

自分が便利な生活に慣れきっているのになんですが
電気に左右される生活ってどうなんだろう?と
思ったりもします

この冊子の中で

江戸時代のような質素な暮らしをして約3000万人
それが日本における人の定員数だ
という話があります

過去の栄華を誇った数々の文明も
エネルギー枯渇で滅んでいったという事実もあります

巷で噂される陰謀説の
人口削減なんかも
結局 エネルギーの奪い合いの話 ということになるのでしょうか

アニメの『天空の城 ラピュタ』で
所詮人は土を離れては生きていけない というセリフもありました


ヒトだけが生きていけるわけがないのです
ヒトはやはり自然の一部であるのだと思うのです


だから?


だから 私はどう生きていくのでしょう
どう暮らしていけばいいのでしょう

毎日のせわしい暮らしに負けてしまって
便利に負けちゃうままでしょうか


タロウが生きにくい世の中は
すなわち
私 ヒトが生きにくい世の中

小さなことでも
できることをしようとは思っているのです

今も これからも

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火垂るの墓  今になって
私は滅多に動画を見ない
何故なら 時間を取られるから
他人の言葉を聞くのにやぶさかではないけれど
毎日聞くほど そんなに暇でもないという気がするから

まぁ せっかち ということでもあるのかもしれない

その私が
なんのおかげなのか
ある動画を見るに至った
それも「『火垂るの墓』は10倍恐ろしい」とかいう動画(タイトルは正確ではありません)

本当は違う動画を見るつもりで(コロナ関係)
しかし その動画が見るべきものがなく
というか 動画に写っている人物の顔を見て
「こりゃだめだ・・」と自己判断してシャットアウトした後
当該のタイトルが目について見てみた

岡田さんが前半だけタダで見せてくださったので
飛ばし飛ばし見たのだけれど

そうですか
そんなにおそろしいですか

私から言えば
恐ろしいのではない
悲しいのだ と思う

あのアニメに登場する主な人物すべて
自分である
そうは思えないだろうか

主人公の男の子
その妹
その母
二人の子供を面倒みる羽目になったおばさん
駅員
農家のおじさん

すべて 悲しい

主人公の男の子がいまだに成仏できない設定はあんまりだけれど
(14歳のこの子が何をした!
妹と二人生きようとしただけだ
妹が逝ってしまった後 ただ生きる本能に従っただけだ
それを許せないのは 誰でもない 彼だった)
そうでもしなければ
誰も自分のことだと
人間が 自分が 
こんなに浅ましい一面をもった生き物だと
解ってもらえないだろうと思ったのかもしれない 作者たるヒトは・・・・

救いは
死にゆくこの子に おにぎりを(握り飯というべきか)差し出した手があったことだけ
遅すぎた手


この子たちが社会から放り出されることになったのは
戦争という非常事態だったから

本当に?

今も コロナのせいで
戦争だの 日常を取り戻すためだの と言われている
日常はあっけなく非日常になる


寅さんの映画を見る


この映画を見て笑っていられるのは日常
そうね

寅さんは 日常と相いれないヒト
けれど
周囲は少なくともなんとか非日常を日常として受け入れようとする
どこかにそんな余裕がある

夢物語
そうかもしれない

だから 寅さんは 人気がある
ユートピアだから

ダメでも 突飛でも
受け入れようとする社会が そこにはあるから

そんなもの どこにもないけれど

人間性を失った と 評論するヒトがいる

人間性?

人間性を失っていないからこそ こんな悲しいことがある

そうではないのでしょうか

人は自分を常に疑うべきだと思う

浅田次郎の最新作で主人公は言う
「俺は糞じゃねぇのさ」

糞とは何か

なんでしょうね?

高畑さんは しかし 糞を知っていたのでしょう
だから 作らなければならなかった あの映画を

私が見たのは20代の頃 
もう二度と見たくないと思った
岡田さんのように理屈は立たなかったけれど
それでも反戦映画として見ていたのではなかったと思う

若い女の子は輝かしい未来しか夢見ていないんだろうね
あの頃の私には覚悟というものはなかった

今あるのかどうか
どうか問わないでほしい
 
私たちにできること
JAVA

こちらに行って見てください
とてもてとても 正視できないことが書かれています
あなたはこれを見て 平気でいられるでしょうか

化粧品でも なんでも

動物実験は 虐待です

内田樹さんが書かれていましたが

「今さえよければ 自分さえよければ」

その気持ちがこういうことを社会に許しているのだと思うのです
いえ
そうしないといけない社会 というのか・・・

コロナという病に騒いでいる中
薬を開発するには動物実験をしないといけない
という意見が出てくるんでしょう
ならば
動物実験をしないですむ方法を考えましょう

やる気になれば 人は できるはずでしょう
簡単な方法ばかり考えずに
やってみましょう
お願いです
どうぞ そう考えてください

簡単な解決方法ではないこと
それを選択すること

私たちにできることは
自分があの動物だったら・・・と考えることです
自分だったら
自分の大切な人だったら
許せますか?

私は 許せません

今まで見ていなかった私も 許せません


 
さっちゃん
さっちゃんが我が家に来たのは もう13年も前になるんだね

タロウと散歩の途中
神社の裏手を歩いていたら 猫の鳴き声がした
それがさっちゃん
見つける前
子どもたちが何人か その辺りから出てくるのを見ていたから
もしかしたら あの子たちが捨てたのかもしれない と思う
よくある
拾ったか貰ったかしたけれど お家の人に
「捨ててきなさい!」と言われたとかね・・・

生後1ヶ月だった
手のひらに収まるサイズ

見つけちゃったけれど
実はどうしよう!とうろたえていた
というのも 翌日 家族総出で出かけることに決まっていたから
おまけにタロウは 
「気味が悪い~~~!」とばかりに 逃げ回っていたから

まぁしかし 家に来ちゃったわけで
出かけるのも中止にできず
さっちゃんは生後1ヶ月で見知らぬ人に囲まれた挙句
翌日車で東京まで出かける羽目になった

父のシャツのポケットサイズで
そこが一番落ち着く場所だったらしい
初めての車の中 そこから出たがらなかった

東京についてからも
あっちに行ったりこっちに行ったり
可哀そうに 小さな体には相当負担だったんだろうけれど
何とか無事やりおおせた

家に帰る頃になれば
もうすっかりうちの仔
タロウの 「だれ あれ?」 はしばらく続いたけれど
そのうち 遊び仲間になった

一緒に
外散歩にも行ったし
東京にも行ったし
旅行にも行った


さっちゃんは 
タロウがいなくなったこと どう思っているんだろう?
なんだか 直截には訊けなくて 今日に至る

最近 寝ていることが多くなったさっちゃん
まだまだこれからよ
タロウのところへ行くのは早すぎるからね と言い聞かせている

まぁ 凄い食欲だから 大丈夫か・笑







 
若き日の想い
The thoughts of youth are long, long thoughts.

友達が毎年贈ってくれる猫カレンダーは日めくりで
毎日ちがう猫の写真と英語の文章が載っている

昨日のは
仰向けにひっくり返って 真ん丸な目でこちらを見ているトラ猫と
上記の文があった

文章だけではまったく意味不明だったので検索

すると これは
Henry Wadsworth Longfellow という詩人の作品の一部であることが判明
赤毛のアンのなかでも引用されていて
松本侑子さんが
「若き日の想いは、遠い遠い想い」 と訳されていた

遊んで~ といった感じで 両手を伸ばしているこの猫と
この 昔を偲んでいる詩が どう結びつくのはわからないけれど

なんとも無邪気な表情の猫が
いつか
「若き日の想い」に至る日も来るのかな

今の私のように・笑

この詩人の家?がボストンにあるらしいのだけれど
う~ん 
行った覚えナシ
覚えているのは

路地裏の家 とか 雨に濡れた歩道 とか 人気のない大学 とか
大道芸をしている人に少女がどうしても投げ銭を入れたい!とごねている姿とか・笑
私のボストンはそんな感じで
名所旧跡とは関係のない場面ばかり

旅とはそういうものかな とも思う

追記
https://satsuzerozero.blog.fc2.com/blog-entry-3221.html
わざとやっているのではないのだと思う
自分のキャパシティを超えてしてしまうことから
悲劇が始まる

前園さん
そんなにお金持って 暇もたくさんあって 
もしかしたら知恵もあるのならば
こういうことが起きない社会システムを考えてほしい
宇宙はその後でもいいんじゃない?
 
プロフィール

タロウの母

Author:タロウの母
「美味しいお酒と肴で食っちゃ寝 
犬猫と遊んで また食っちゃ寝」
 を理想とする怠け者

2010年愛玩動物飼養管理士2級取得
同年 ホリスティックカウンセラー

タロウ (犬-男の仔・2005年春生) 
さっちゃん(猫-女の仔・2006年春生)
ハル  (猫-男の仔・2013年秋生)
ダイ  (猫-男の仔・2014年秋生)
と一緒に暮らしています
くぅちゃん(猫・女の仔・元野良)は
2009年初夏に家に来て1年後に身罷りました

おうちを求めています!
みんな幸せ NPO法人犬と猫のためのライフボート~手を伸ばせば救えるいのちがある~
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☆Aishamanmaの手作り薬膳ご飯      http://aishamanma.com/
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