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chapter2 A Unique Path to Follow その1
 第2章 唯一無二の道を辿る

動物に話しかける人は多いが
彼らの声を聴く人はめったにいない
問題はそこだ
―A.A.ミレン『くまのプーさん』-

 私はこのサイキックの道を行くつもりはなかった。けれど、明らかにこれは私の天職だ。私は幼い頃、獣医になりたかっ

たが、手術を行うのは無理だとわかって諦めた。ただいつか動物に関わる仕事をするだろうと常に思っていた。それがペッ

トサイキックだとは思ったこともなかったけれど。

 幼い私に影響を与えたものは二つある。一つはウォルト・ディズニーであり、もう一つは子供の頃飼っていた犬である。

私はカリフォルニアはロサンジェルスから東に1時間ほどのところにあるサンディマスという小さな町で育った。家にはプリ

ンスという名前の白黒のコリーがいて、彼が私に動物とどうやってつながるかを教えてくれたと思っている。

 私たちはくだらない話をよくしていたが、私はみんなが彼のメッセージをわかっているものだと思っていた。家にはほかに

も動物がいた。ウサギとか猫とか熱帯魚など。私は当時みんなと話していたが、何も考えてはいなかった。

 「ジャングルブック」や「バンビ」のような1960年代の有名なディズニーの映画同様に、私は「ドリトル先生」を見て育った。

思い出してみてほしい。そうした映画では動物たちは話せた。だから私はうちの動物たちもそうだと疑わなかった。

 私の好きなテレビ番組は馬が話す「ミスターエド」や「フリッパー」「ジェントルベン」そして一番のお気に入り「ラッシー」だっ

た。私はどうやって動物が人と話すのか興味を持っていた。


子ども時代の犬

 私が5歳のころ、飼っていた犬・プリンスとはとても仲が良かったので、忘れもしないあの事件が起こった。夜、彼は私の

部屋で寝ていたが、ある時、落ち着きがなくなり、うろうろと歩き始めた。私は緊張しながら彼のところへ行き、ドアの近く

の冷たい床に横になるように言った。
 
 私は彼が死んでしまうのではないかと心配した。彼が痛がっているのが分かって、私も気分が悪くなった。彼は私の親友

であり、彼のいない人生を想像することもできなかった。私は彼の隣の床に寝て、彼を宥めようとした。そのうち私は寝てしま

ったらしい。次に覚えているのは、翌朝になって母の声が聞こえたことだ。私はプリンスのおなかの調子が悪いこと、彼が調

子が悪いと言っていることを母に伝えた。
 
 母は当時それを理解できず、動物は話せないのだ、作り話をしてはいけないと言った。母は私を信じていないのだと、相当

怒って興奮したことを覚えている。もし何もしなければ、プリンスは死んでしまうと私は思った。
 
 プリンスが痛がっていることが分かるや否や、母はすぐに獣医師に彼を連れて行った。ひどい膵炎ではあったが、幸いにも

プリンスは回復した。これが、私が動物と話せることを信じてもらえなかった、最初の体験だったと思う。

 この後程なくして、私は動物と話せることを隠すようになった。ただ私の親友であるローリーだけは信じてくれた。彼女は私の

ようにはできなかったものの、少なくとも信じてはくれたのだ。
 
「どうして誰も動物と話せないんだろう?私はどこかおかしいの?何かの病気かもしれない」そう私は思った。

動物は愛と友情を捧げる

 動物と一緒にいる時、私は密かに彼らと話し、お互いの馬鹿話を共有した。こうした会話はずっと続くものだと思っていた。

けれど数年後、私は永遠にその能力を閉じ込めた。もしくはそう思いこんだ。
 
 私の初めての本『Hear All Crestures!』で、18歳の時私が殺したと思い込んだ,、オレンジと白のぶち猫のことを書いた。

道の向こうにいた猫に声をかけて遊ぼうとしたのだ。猫が通りを駆けてきた時、どこからか一台の車が出てきて、私の目の

前で彼をひき殺した。その猫の死がトラウマになって、何年も自責の念に駆られた。あの恐ろしい事故の後、私は二度と動

物と話をしないと誓った。

間違った仕事

 それからずいぶん経って、まだサイキックの仕事に就く前、私はカリフォルニア州オレンジ郡でi幾つか仕事に就いた。住

宅ローン会社何社かで働き、金融業を学んだ。その仕事では、数字に対して細かな注意力が求められる、左脳を使う仕事

だった。脳の左側は分析処理、例えば数字、論理、判断し批評する能力などを司り、脳の右側は視覚、創造、抽象的

で直感的なプロセスに携わると言われる。
 
 言うまでもなく、私はその仕事に就いていた時まったく幸せではなかった。満足を得られず、何かを失ったかのような、満た

されない思いを度々抱いた。私は数学者ではなく、数字を仕事にするのが好きではない。私が好きなのは動物である。

私はいったい何をしていたのだろう。

サインはいつもそこにある

 結局私の働いていた会社はすべて潰れた。私は解雇された。あぁ、そうだ。私は口のせいで何年もの間大変な目にあっ

た。時々私はフィルターをかけられず、言葉が勝手に飛び出てきてしまう。率直すぎて、そのせいでい失業の憂き目にもあっ

た。次から次へと障害にぶつかり、行き詰った。今振り返れば、私のスピリットガイドが必死に「あなたは間違った仕事に就

いています」というメッセージを伝えてくれていたと、はっきりとわかる。その時には、自分にスピリットガイドがついているなど

とは全く知らなかった。もし誰かが目に見えない助け人が私の注意を引きたがっていると言ったら、おそらくお腹を抱えて笑っ

ただろう。あの頃、私は忘れてしまっていたのだ。そののち、私は私のスピリットガイドたちのことを知り、彼らの緊密な協力の

下でサイキックの仕事を成してきている。

 自分で気がついてもつかなくても、私たちには皆、魂の助っ人もしくはサイキックガイドたちがいる。彼らはあなたの頭の中の

小さな理性の声であり、あなたの生涯を通じてあなたを導いている。スピリットガイドは最前列の駐車場所や、ポケットの20ドル

札を見つけさせてくれたりする。仕事に行くときに違うルートを勧めたりするが、後になって、いつもの道では経験したこともない、

ひどい事故があったことがわかったりする。こうした目に見えない助け人たちは、天使によく似て、あなたの人生を少しだけ楽に

してくれている。

 私は住宅ローン業界に勤め続け、ずいぶんと高い給料を貰った。出世の梯子を上ろうとさえしていた。あれは物質的な豊かさ

や多額のボーナスの時期で、『The Joneses』(邦題『幸せがおカネで買えるワケ』)についていった時期だった。1990年代初

めに経済が崩壊し始めた時、輝いていた私のキャリアは目の前で崩れ始めた

霊的な気づき

 それは経済的には苦しい時で、より安く住める場所を探さねばならなかった。さんざん考えた後、私はカリフォルニアを離れ、

コロラドに移り住むことに決めた。仕事の決まっていた別の住宅ローン会社のあるデンバーに荷造りをして向かった。その時に

ははっきりとわからなかったが、不思議で予知的な出来事が起きていることに気づき始めた頃だった。ある日私は買い物に行

き、袋いっぱいの黒色の台所用品を買って帰った。黒の小さめのラグ、黒のタオルやポットホルダーをいくつか買った。不思議

だったのは、私のキッチンは青と白のデザインだったこと。黒はどこにも使われていなかった。どうして自分が黒を買ったのかわ

からなかった。私はクロゼットにそれらを入れたまま忘れてしまった。

 1年以内に、私はデンバーの中心地からベイリーの山の家に引っ越した。それは私の意図したものではなく、たまたまのこと

だった。新しい家で荷解きをして、1年前に買ったキッチン用品の入った袋を見つけた時はショックだった。新しい家の設備用品

がすべて黒だったのだ。装粧品、ラグやタオルが完璧にマッチしていた。「うーん、なんか変ね」と私は独り言ちた。
 
 そのような不思議な小さなことが数年にわたって起こり続けたが、それが霊的な気づきの始まりだったとは気がつかなかっ

た。目をしっかりと閉じたまま、私は直感の道に引き寄せられていった。その直感がすぐに、そして大きく動くとは思ってもいな

かった。
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プロフィール

タロウの母

Author:タロウの母
「美味しいお酒と肴で食っちゃ寝 
犬猫と遊んで また食っちゃ寝」
 を理想とする怠け者

2010年愛玩動物飼養管理士2級取得
同年 ホリスティックカウンセラー

タロウ (犬-男の仔・2005年春生) 
さっちゃん(猫-女の仔・2006年春生)
ハル  (猫-男の仔・2013年秋生)
ダイ  (猫-男の仔・2014年秋生)
と一緒に暮らしています
くぅちゃん(猫・女の仔・元野良)は
2009年初夏に家に来て1年後に身罷りました

おうちを求めています!
みんな幸せ NPO法人犬と猫のためのライフボート~手を伸ばせば救えるいのちがある~
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☆Aishamanmaの手作り薬膳ご飯      http://aishamanma.com/
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