別世界に連れてって~♪
2017-02-04(Sat)
数日前 タロウの散歩中に 転倒
頭をしたたかに打つ…
転倒自体は今年に入って3~4回目
鏡面になっている道だからして 気を付けているつもりなのに この始末
今回は今までにない転び方をしたようで
なかなか起き上がれず
衝撃がすごかった
散歩は何とか続けたが 歩いている途中
脳が誤作動を起こしたのだろう
あらぬことばかりを考えていた
いやもう 現実にはありえないことを現実だと思い込んでる
途中 「え? ・・・何考えてんの?」と
はっと我に返ったからよかったけど・・・
転倒から数日後の今日も まだ 正常に戻っていない痛み(というのか違和感)
春になっても ま~だ変だったら こりゃ病院行だわ…
(と 覚悟を決めておこう…)
そんな頭の状態の中
高村薫の小説を読む という 暴挙にでる(!?)
以前 彼女の『マークスの山』を読んだ際
冒頭の風景描写がどうしても理解できず
何度も 何度も な~んども 読み返したにもかかわらず やっぱり理解できず
面白かったんだろうなぁ・・・多分
冒頭でそんな目にあったにもかかわらず 読み終えた覚えはあるわけだから・・・
内容はすっかり忘れちゃったけれども
『レディージョーカー』は面白かった!(と思う)
けっこうこの人の本は読んでいるのだけれど
今回の本『太陽を牽く馬』は…辛い・・・
ひたすら辛い…
主人公がまぁ鬱屈しているのは常だからいいとして(いいのか?)
あとの登場人物が まぁ わけがわからない
まだ全体の五分の一くらいしか読んでいないので
先に進めば何とか活路が見いだせるのかもしれないけれど(活路って何だ?)
毎晩 ため息をつきつつ 本を手に取るって どうなのかしらん・・・
ワタクシの場合 小説には「別世界」を求めたいわけです
ここではないどこか
昔 村上春樹の『遠い太鼓』にあった言葉
「僕らは(だったか?)どこにでも行けるし、どこにも行けない」
にやけに入れ込んだ記憶があるのだけれど
もう今や 実生活で「どこにも行けない」ワタクシとしたら
「どこかに行きたい」んですよね 小説や諸々の手段で
それは 「どこでもいい」 のだけれど
自分を易々と連れ去ってくれるだけの力がないと困るのです
まぁ こちらにも何某かの度量というか力というか
そんなのは要るんだろうけれども
もはや体力のないワタクシには この小説は重い…
一つだけ
馴染みのない仏教用語を知ることができた
のは なんというか よかった・・・(小学生かっ!)
別世界
確かに彼女の書く世界も別世界なんだろうけれど
それは現実の社会の問題やらを根底に置く世界
そしてそれは問題を含むが故に
決してカタルシスのない世界でもある(と言いきっていいのか?)
ワタクシはもう現実にけっこううんざりしているので
問題なんて小説で提起されたくもないんだろうなぁ
それが 「疲れる 辛い」 原因か・・・
かといって
群ようこ作『猫とパンとスープ日和』(正確ではないかもしれない)なんかを読むと
あんまりにも地に足のついていない世界に
「これは果たして小説なのか…?」と
お金を出して買ってしまったことに後悔したりする
ファンタジーならファンタジーでいいけれど
なんだろう
都合の良いお話って やっぱり 力がないと思うんですよねぇ
物語ってやっぱり力のあるのがいいなぁ と思う今日この頃
あ
村上春樹さんは 20代で卒業してしまった
『国境の何とか』(何とかって…すみません)あたりから ???となりました
ちなみに 彼の作品では『双子と沈んだ大陸』が好きでありました
『中国行のスローボート』もよかったなぁ
さて 次なに読もう
頭をしたたかに打つ…
転倒自体は今年に入って3~4回目
鏡面になっている道だからして 気を付けているつもりなのに この始末
今回は今までにない転び方をしたようで
なかなか起き上がれず
衝撃がすごかった
散歩は何とか続けたが 歩いている途中
脳が誤作動を起こしたのだろう
あらぬことばかりを考えていた
いやもう 現実にはありえないことを現実だと思い込んでる
途中 「え? ・・・何考えてんの?」と
はっと我に返ったからよかったけど・・・
転倒から数日後の今日も まだ 正常に戻っていない痛み(というのか違和感)
春になっても ま~だ変だったら こりゃ病院行だわ…
(と 覚悟を決めておこう…)
そんな頭の状態の中
高村薫の小説を読む という 暴挙にでる(!?)
以前 彼女の『マークスの山』を読んだ際
冒頭の風景描写がどうしても理解できず
何度も 何度も な~んども 読み返したにもかかわらず やっぱり理解できず
面白かったんだろうなぁ・・・多分
冒頭でそんな目にあったにもかかわらず 読み終えた覚えはあるわけだから・・・
内容はすっかり忘れちゃったけれども
『レディージョーカー』は面白かった!(と思う)
けっこうこの人の本は読んでいるのだけれど
今回の本『太陽を牽く馬』は…辛い・・・
ひたすら辛い…
主人公がまぁ鬱屈しているのは常だからいいとして(いいのか?)
あとの登場人物が まぁ わけがわからない
まだ全体の五分の一くらいしか読んでいないので
先に進めば何とか活路が見いだせるのかもしれないけれど(活路って何だ?)
毎晩 ため息をつきつつ 本を手に取るって どうなのかしらん・・・
ワタクシの場合 小説には「別世界」を求めたいわけです
ここではないどこか
昔 村上春樹の『遠い太鼓』にあった言葉
「僕らは(だったか?)どこにでも行けるし、どこにも行けない」
にやけに入れ込んだ記憶があるのだけれど
もう今や 実生活で「どこにも行けない」ワタクシとしたら
「どこかに行きたい」んですよね 小説や諸々の手段で
それは 「どこでもいい」 のだけれど
自分を易々と連れ去ってくれるだけの力がないと困るのです
まぁ こちらにも何某かの度量というか力というか
そんなのは要るんだろうけれども
もはや体力のないワタクシには この小説は重い…
一つだけ
馴染みのない仏教用語を知ることができた
のは なんというか よかった・・・(小学生かっ!)
別世界
確かに彼女の書く世界も別世界なんだろうけれど
それは現実の社会の問題やらを根底に置く世界
そしてそれは問題を含むが故に
決してカタルシスのない世界でもある(と言いきっていいのか?)
ワタクシはもう現実にけっこううんざりしているので
問題なんて小説で提起されたくもないんだろうなぁ
それが 「疲れる 辛い」 原因か・・・
かといって
群ようこ作『猫とパンとスープ日和』(正確ではないかもしれない)なんかを読むと
あんまりにも地に足のついていない世界に
「これは果たして小説なのか…?」と
お金を出して買ってしまったことに後悔したりする
ファンタジーならファンタジーでいいけれど
なんだろう
都合の良いお話って やっぱり 力がないと思うんですよねぇ
物語ってやっぱり力のあるのがいいなぁ と思う今日この頃
あ
村上春樹さんは 20代で卒業してしまった
『国境の何とか』(何とかって…すみません)あたりから ???となりました
ちなみに 彼の作品では『双子と沈んだ大陸』が好きでありました
『中国行のスローボート』もよかったなぁ
さて 次なに読もう
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